2023(令和5)年4月、出産時に公的医療保険から支払われる「出産育児一時金」の額が、42万円から50万円に引き上げられました。
1人の女性が生涯のうちに生む子供の数の平均である「合計特殊出生率」。2021年の合計特殊出生率は「1.30」と6年連続で低下し出生数は過去最少。
人口が減少すると日本国内の内需が低下するなど経済規模も縮小するため出生率の改善は重要な問題の一つです。
そこで、「将来の日本」のため若者世代の「出産」にかかるお金の負担を軽減しようと、今回の増額に至ったわけですが、問題となるのが「そのお金をだれが負担するのか?」。
今回「財源」となるべく白羽の矢が立ったのが、75歳以上の人が加入する「後期高齢者医療制度」になった、というわけです。
そもそも「出産育児一時金」は、75歳未満の人が加入している「国民健康保険」や「健康保険」など現役世代が多く加入する医療保険で負担していましたが、少子化が加速する中、幅広い世代でこの最重要課題の解決に向けて、負担し合う仕組みへと転換を図ったものです。
今回は、出産育児一時金と後期高齢者医療制度の概要と、保険料増額の影響について、まとめてみます。
公的医療保険の主な種類
日本では、国民皆保険制度により、ケガや病気などのときに備え「公的医療保険」へ加入することが義務となっています。
「公的医療保険」とは、加入者からの保険料や税金などを財源とし、医療にかかる費用負担を少なくするための仕組みです。
保険の種類は、職業などによって異なり、自営業者やフリーランスは「国民健康保険」、サラリーマンは「健康保険」、公務員は「共済組合」に加入しています。なお、定年などで勤め先を辞めた場合は、国民健康保険などに切り替えなければいけません。
そして、75歳以上の人(一定の障害がある人は、65歳以上)は、「後期高齢者医療制度」に加入することになります。
国民健康保険 | 健康保険 | 共済組合 | 後期高齢者 医療制度 |
|
---|---|---|---|---|
主な加入者 | 無職、 自営業者など、 75歳未満の人 | サラリーマン ・協会けんぽ ・健康保険組合 | 公務員 | 75歳以上の高齢者、65歳以上の障害者の一部 |
医療費の自己負担 | 未就学児→2割 6歳以上69歳以下→3割 70歳以上75歳未満→2割(一部3割) | 1割(所得額に応じて2割、3割負担となる) | ||
出産育児一時金 | ◯ | ✖️ | ||
出産手当金 | ✖️ | ◯ | ||
傷病手当金 | ✖️ | ◯ |
出産育児一時金とは
42万円から50万円に引き上げ決定
出産育児一時金とは、妊娠4ヶ月(85日)以上の人が出産したとき、一児につき42万円が、健康保険から支給される制度です。
この42万円が、2023(令和5年)4月から、50万円に引き上げられます。
出産育児一時金は、一旦出産費用を病院に支払ったあと、保険者に請求することで受給できますが、健康保険から直接医療機関に支払う「出産育児一時金の直接支払制度」を利用することもできます。
出産にかかった費用が出産育児一時金の額より少ない場合は、その差額が被保険者に支給されます。
後期高齢者医療制度とは
後期高齢者医療制度は、2008(平成20)年に75歳以上の人が加入する制度として創設された、「独立した医療制度」です。
75歳になると、国民健康保険に加入している人や健康保険で扶養されていた人も、全ての人が後期高齢者医療制度の被保険者になります。
医療給付における財源は、公費(税金)が5割、現役世代からの支援金(国民健康保険や健康保険などから拠出金として負担)が4割、後期高齢者制度の被保険者の保険料で1割が負担されています。
後期高齢者医療制度が「独立」しているのは、現役世代と高齢者の費用負担を明確に分けるためです。
医療費の自己負担額
令和4年10月より2割負担が追加
医療費の自己負担分は、基本的に1割です。しかし、世帯収入などの条件により「現役並みの所得者」とみなされる場合は3割となります。
なお、2022(令和4)年10月より、自己負担割合の区分に2割(一定以上の所得がある場合)が追加されました。
具体的には、課税所得が28万円以上かつ「年金収入+その他の合計所得金額」が単身世帯の場合200万円以上、複数世帯の場合合計320万円以上の方は、窓口負担割合が2割となります。
そのために、来年度からの「保険料の増額」と「2割負担」との二重の負担増となる人もいます。
自己負担が2割となった人への配慮処置
今回、「2割負担」となった人は、2022(令和4)年10月から2025(令和7)年9月までの間、1ヶ月の外来診療の窓口負担の増加分を3,000円までとする配慮措置があります。
窓口負担割合が1割のとき ① | 5,000円 |
窓口負担割合が2割のとき ② | 10,000円 |
負担増 ③(②ー①) | 5,000円 |
窓口負担の上限 ④ | 3,000円 |
払い戻し等(③ー④) | 2,000円 |
同一の医療機関で受診している場合は、上限額(3,000円)以上の金額を窓口で支払う必要はありません。
他の医療機関にも受診している場合には、「窓口負担の上限」である3,000円を超え支払い分については、後日その差額を高額療養費として払い戻すことになります。
なお、この措置は「外来診療」のみとなります。入院診療には適用されませんので、ご注意ください。
後期高齢者医療の高額療養費
後期高齢者の高額療養費の限度額は、70歳以上の人と同じ上限額であり、今回の自己負担割合の見直しに伴う変更はありません。
所得区分 | 本来の負担の上限額 | 多数該当の場合* |
年収約1,160万円〜の人 | 252,600円+(医療費−842,000円)×1% | 140,100円 |
年収約770万円〜1,160万円の人 | 167,400円+(医療費−558,000円)×1% | 93,000円 |
年収約370万円〜770万円の人 | 80,100円+(医療費−276,000円)×1% | 44,400円 |
〜年収370万円の人 | 57,600円 | 44,400円 |
後期高齢者医療の保険料の増額の影響
「出産育児一時金」の42万円から50万円への引き上げのための財源は、本来なら「出産育児一時金」が支給される現役世代の保険料から賄うべきですが、少子化が加速する中、幅広い世代でこの問題に取り組む必要があると方針の転換を図ったため、後期高齢者医療制度からの財源の一部を確保することになりました。
このことにより、後期高齢者医療保険制度の保険料は、2024年度と2025年度の2年間をかけて引き上げることが決定しています。
保険料増額の例(年額) | |||
---|---|---|---|
年収 | 2022年度 | 2024年度 | 2025年度 |
80万円 | 15,100円 | 15,100円 | 15,100円 |
200万円 | 86,800円 | 86,800円 | 90,700円 (+3,900円) |
400万円 | 217,300円 | 231,300円 (+14,000円) | 231,300円 (+14,000円) |
1,100万円 | 670,000円 | 730,000円 (+60,000円) | 800,000円 (+130,000円) |
なお、( )内の数字は、今年度(2022年度)と比較して増額する分の金額です。
今後も高齢者の増加による、「後期高齢者医療制度の保険給付額の増加」が見込まれています。
政府は今回の後期高齢者の保険料の増額により、「被保険者が支払う保険料で1割」としていた後期高齢者医療制度の負担を増やすことで、現役世代からの支援金(国保や健保などからの拠出金)増加の抑制も目指しています。
まとめ
2022(令和4)年10月からの後期高齢者医療制度の自己負担増加(2割負担)、さらに2024(令和6)年度から2年かけての保険料増加と、75歳以上の人の医療にかかる負担が増加しています。
働いて収入を得ることが難しい高齢者世帯にとって、この一連の負担増は大きな打撃となるのです。
しかし、もともとは「出産育児一時金の7%を後期高齢者医療制度で負担する」としていたところ、来年度以降2年間かけて増額する保険料は、その「半額」。残り半額は、2026年度以降に再検討することになっています。
現役世代が「急に増える」ことはないため、今後も高齢者への保険料の増額や診療報酬のマイナス改定などの措置が行われることが予想されます。
厚生労働省の統計資料(令和4年9月29日:第154回社会保障審議会医療保険部会)によると、
75歳以上の人の年間の医療費の平均は、約94万円(令和3年度)。
後期高齢者の医療費負担は、1割負担で、約9.5万円、2割負担は19万円、28.5万円となります。
後期高齢者の人の自己負担額は、国民健康保険加入者の約2~3倍、健康保険などとは約5~6倍の違いがあります。
当然ですが、高齢になるにつれて医療費にかかる負担が増加することが分かります。
75歳以上ともなると、「医療費負担」は必ず増加します。
老後の資産形成がまだできていない人は、今のうちに、長く働き続けるライフプランを立てたり、iDeCoやNISAなどを活用した老後資金の確保を検討しておきましょう。
もしかしたら、民間の医療保険に入る必要があるかもしれません。
しかし、民間の医療保険には年齢制限があるものや、保障内容が不十分なもの、自分に合わない保険も多くあります。
40代や50代は、収入も生活も落ち着いてきます。収入の範囲内で生活し貯蓄にお金を回すことが大切です。
なお、今回の措置は「国家存続の問題」である出生率回復のため、幅広い世代で「未来の日本」のために負担するもの。病院の「便乗値上げ」には、注意を払う必要があります。
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